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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)70号 判決 1996年9月03日

東京都千代田区丸の内3丁目2番3号

原告

株式会社ニコン

代表者代表取締役

小野茂夫

訴訟代理人弁理士

渡辺隆男

同復代理人弁理士

伊藤信和

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

石井勝徳

花岡明子

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第5763号事件について平成6年2月3日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年8月26日、名称を「調光寿命の延長された調光プラスチックレンズ」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和56年特許願第132577号)をしたが、平成4年2月17日拒絶査定がなされたので、同年4月9日査定不服の審判を請求し、平成4年審判第5763号事件として審理された結果、平成6年2月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月7日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

有機ホトクロミック染料で染色された調光プラスチックレンズ(A)の表面に、SiO、SiO2、Al2O3およびZrO2からなる群から選ばれた1種または2種以上を主成分とする厚さ0.5μ~5μの無機酸化物透明薄膜(B)を蒸着したことを特徴とする調光寿命の延長された調光プラスチックレンズ(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載された前項のとおりのものと認める。

(2)  これに対し、昭和55年特許出願公開第121412号公報(以下「引用例1」という。)には、特定の構造を有するジアリールチオカルバゾンのホトクロミック性非対称水銀ビス錯体からなる吸光変色物質を含むプラスチックレンズは、従来公知のホトクロミック化合物を含むものに比べ光安定性があり、このプラスチックレンズは成形後従来法により耐摩耗被覆で被覆することが記載されている。

また、昭和54年特許出願公開第110289号公報(以下「引用例2」という。)には、プラスチックレンズの表面に二酸化ケイ素等を真空蒸着して表面の硬化処理をして、耐摩耗性を付与し、傷つきにくくすることが従来より行われていたこと、また硬化処理後のレンズは光学安定性が改善されることおよび実施例には二酸化ケイ素の膜を蒸着で、0.2、0.8、1および2μ厚に形成することが記載されている。

(3)  本願発明と引用例1記載の発明とを比べると、両者は、「有機ホトクロミック染料で染色された調光プラスチックレンズの表面に、透明薄膜を設けたことを特徴とする調光プラスチックレンズ」である点で一致し、次の2点で相違する。

<1> 本願発明では、透明薄膜がSiO、SiO2、Al2O3およびZrO2からなる群から選ばれた1種または2種以上を主成分とする厚さ0.5μ~5μの無機酸化物透明薄膜であり、蒸着により形成されるのに対し、引用例1では膜の材料、膜厚、膜の形成法のいずれも記載がない点

<2> 本願発明では、調光プラスチックレンズが、調光寿命の延長された調光プラスチックレンズであるのに対し、引用例1にはこのような特性について記載がない点

(4)  相違点<1>について検討する。

プラスチックレンズの耐摩耗被覆の材料として二酸化ケイ素を用い、これを蒸着することにより被覆を形成することは、引用例2に記載されているように本出願前公知である。また、耐摩耗被覆の膜厚をどの程度のものにするかはその実施に当たり適宜決定し得る程度のものであって、0.5μ~5μの範囲内の値とすることも引用例2の実施例に0.8μ、1μ、2μがあげられているように従来より行われていることである。そして、本願発明においては、膜厚が0.5μ~5μと限定されているが、該数値範囲の上限及び下限値に格別臨界的な意義があるとも認められないことを考えれば、引用例1の耐磨耗被覆の材料、膜厚、膜の形成法として、引用例2で記載の材料、膜の形成方法を採用し、かつ膜厚を0.5μ~5μと限定することに格段の困難性が存在するとはいえない。

(5)  相違点<2>について検討する。

有機ホトクロミック染料にかかわらず、染料が外気等により悪影響を受けることは本出願前周知の事項であり(例えば、昭和49年特許出願公告第25210号公報、丸善株式会社昭和45年7月20日発行の社団法人有機合成化学協会編「新版染料便覧」48頁、49頁、182頁、183頁参照)、有機ホトクロミック染料と大気との接触を断てばこれらの影響がなく当初の特性が保たれる、すなわち、調光寿命の延長された調光プラスチックレンズが得られることは容易に想起し得ることである。

(6)  したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例1及び引用例2に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。

しかしながら、審決は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の目的、構成及び効果の差異を誤認した結果、相違点<1>及び<2>の判断を誤り、本願発明は引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  相違点<1>の判断の誤り

審決は、「引用例1の耐摩耗被覆の材料、膜厚、膜の形成法として、引用例2で記載の材料、膜の形成方法を採用し、かつ膜厚を0.5μ~5μと限定することに格段の困難性が存在するとはいえない。」と判断している。

しかしながら、複数の先行技術文献を結び付けて本願発明を構成することが当業者にとって容易であると結論づけるためには、先行技術文献の目的が本願発明の目的と一致していなければならない。本願発明は調光プラスチックレンズの調光寿命を延長することを目的とするものである。しかるに、引用例1記載の発明は、プラスチックレンズの欠点である硬度の低さを補う目的で耐摩耗被覆(ハードコート)を形成したものであって、引用例1には、調光寿命の延長については記載も示唆も存しない。また、引用例2記載の発明は、引用例2に記載されている膜厚0.2μを除く二酸化ケイ素の蒸着膜がたまたま本願発明の透明薄膜と材料、膜厚が一致しているというだけで、その目的(硬化処理)は本願発明と全く異なる。したがって、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とを組み合わせて本願発明の構成を得ることは、当業者といえども容易ではないというべきである。

また、本出願当時、耐摩耗被覆の材料には有機系(樹脂)と無機系の2種類があり、有機系が主流であった。そして、無機系はその後廃れ、現在は存在しない。したがって、耐磨耗被覆の材料として、主流でない引用例2記載の無機系の「二酸化ケイ素」を採用することに格段の困難性が存在するとはいえないとした審決の判断は、恣意的な結果論である。

次に、審決は「本願発明においては、膜厚が0.5μ~5μと限定されているが、該数値範囲の上限及び下限値に格別臨界的な意義があるとも認められない」と判断している。

確かに、本願発明の膜厚の数値範囲の上限及び下限値は臨界的ではない。しかしながら、引用例2に記載されている耐摩耗被覆の膜厚(0.2μ~2μ)と本願発明のそれ(0.5μ~5μ)とは、明確に範囲が異なっている。そして、本願発明は、膜厚を上記数値範囲に限定することによって、調光寿命の延長、薄膜形成時間の短縮、クラック発生防止等の効果を奏するものである。したがって、本願発明の膜厚の範囲と引用例2記載の膜厚の範囲との間に一致する部分があることを理由として、膜厚を0.5μ~5μと限定することに格段の困難性が存在するとはいえないとした審決の判断は、早計である。

さらに、審決は、引用例1の耐摩耗被覆の膜の形成法として引用例2に記載されている膜の形成方法(蒸着)を採用することに格段の困難性が存在するとはいえないと判断している。

しかしながら、本出願当時、耐摩耗被覆の形成方法には、有機系の侵漬塗布法と無機系の蒸着法の2種類があり、有機系が主流であった。したがって、耐摩耗被覆の膜の形成方法として、主流でない引用例2記載の無機系の蒸着法を採用することに格段の困難性が存在するとはいえないとした審決の判断は、恣意的な結果論である。

(2)  相違点<2>の判断の誤り

審決は、「有機ホトクロミック染料にかかわらず、染料が外気等により悪影響を受けることは本出願前周知の事項であ」ることを相違点<2>の判断の論拠としている。

しかしながら、本願発明が要旨とする「調光寿命の延長」とは、紫外線の暴露による有機ホトクロミック染料の調光性能の劣化、具体的には調光幅の低下を防止して、調光寿命を延ばすことをいう。しかるに、審決が周知例として挙げる昭和49年特許第25210号公報及び「新版染料便覧」には、紫外線の暴露による有機ホトクロミック染料の調光性能の劣化を防止して調光寿命を延ばすことは、全く開示されていない。

この点について、被告は、調光プラスチックレンズの調光寿命が短くなるのは有機ホトクロミック染料に対する紫外線の暴露が原因であるという原告の主張は、本願明細書の記載に基づかない旨主張する。

しかしながら、昭和60年3月18日付け手続補正書中の訂正明細書(以下、「本願明細書」という。)18頁の第1表及び20頁の第2表は、調光プラスチックレンズを屋外暴露させた前と後の調光幅を測定した実験結果を示したものであるが、わざわざ日光が当たる屋外で暴露試験を行ったのは、大気の影響ではなく、紫外線の影響を調べることが主眼であることは明らかである。そして、これらの表の実施例のものは、所定の無機酸化物透明薄膜によって紫外線がレンズ基材内部に透入するのを遮断したものであって、薄膜によって紫外線の悪影響を軽減しているのである。さらに、本願発明の調光プラスチックレンズにおいては、有機ホトクロミック染料はプラスチックレンズ基材内部にもぐり込んだ状態で存在しており、レンズ表面には露出していないから、有機ホトクロミック染料と大気は直接接触していない。したがって、有機ホトクロミック染料に対する悪影響は、大気よりも、レンズ基材内部まで透入し、そこにある有機ホトクロミック染料に当たる紫外線の方が実質的に大きいのである。以上のことから、調光プラスチックレンズの調光寿命が短くなるのは有機ホトクロミック染料に対する紫外線の暴露が原因であるという原告の主張は、実質的に明細書の記載に基づくものであるというべきである。

また、被告は、審決の「有機ホトクロミック染料にかかわらず、染料が外気等により悪影響を受けることは本出願前周知の事項であ」るという前記記載のうち、「外気等」という部分は、染料が悪影響を受ける原因は外気に限らず種々の原因があることを意味しており、種々の原因の一例として「大気」を挙げているにすぎないと解すべきであると主張する。

しかしながら、「外気」とは、室外の空気、外部の大気という意味であるから、「外気等」の意味をいかに広く解釈しても、空気のほかに酸素、窒素、水素等の気体及びそれらの混合物を意味するとしか解釈できず、これに紫外線が含まれると解釈することはできない。このことは、審決に、「有機ホトクロミック染料と大気との接触を断てば」と記載されていることからも明らかである。なお、前掲「染料便覧」には、「色素」、「染料」及び「顔料」に関する記載があるのみであって、「ホトクロミック染料」に関する記載はなく、ましてやホトクロミック染料に対する紫外線の影響は全く記載されていない。ホトクロミック染料は、紫外線の照射を受けると色が可逆的に変化し、その際、化学構造(分子構造)が可逆的に変化するものであるから、調光プラスチックレンズの色の変化には化学構造の変化は必須のものであり、紫外線は必須の要件である。これに対し、一般的な染料は、化学構造が変化してはいけないものであり、紫外線は有害である。また、色素とは、光を吸収又は反射して固有の色を呈する物質を意味するから、化学構造の変化は起こらないし、顔料も、染料のうち水に不溶の無機色素を意味するから、やはり化学構造の変化は起こらない。

以上のように、ホトクロミック染料と一般的な染料、色素及び顔料とは性質及び作用が異なるものである。そして、前掲「染料便覧」には、一般的な染料が外気により悪影響を受けることが記載されているが、有機ホトクロミック染料が紫外線により悪影響を受けることや、紫外線の暴露による有機ホトクロミック染料の調光寿命の劣化、具体的には調光幅の低下についての示唆は全く存在しない。したがって、一般の染料が紫外線によって悪影響を受けることは周知であることは認めるが、有機ホトクロミック染料が紫外線によって悪影響を受けることは、審決が挙げた証拠からは不明である。

この点について、被告は、紫外線暴露が有機ホトクロミック染料の調光性能に悪影響があることは古くより知られたことであると主張する。

確かに、被告が援用する乙第2号証の特許公報には、有機ホトクロミック染料の1種であるジチゾン水銀塩が紫外線によって破壊されることが記載されている。しかしながら、同特許公報は本出願の約14年前に頒布されたものであり、僅か1つの文献の記載をもって、有機ホトクロミック染料が紫外線により悪影響を受けることが周知であることが立証されたとはいえない。

のみならず、同特許公報に記載されている発明は、「本発明の特徴とするところはジチゾン水銀塩を感光剤として使用するに際し、(中略)ヒドロキシベンゾフエノン類をジチゾン水銀塩に添加することにあり、ヒドロキシベンゾフエノン類の添加によってジチゾン水銀塩のフオトクロミズムを損うことなく、耐光性を著しく改善することが出来る結果、ジチゾン水銀塩を感光剤として含む感光性樹脂組成物の実用的価値を飛躍的に増大することが可能となる。」(2欄36行ないし3欄20行)との記載から明らかなように、ホトクロミック染料と紫外線吸収剤とを共存させることによって、ホトクロミック染料に対する紫外線の悪影響を解決したものである。これに対し、本願発明は、有機ホトクロミック染料で染色された調光プラスチックレンズの表面に、所定の成分の無機酸化物透明薄膜を所定の厚さに蒸着することにより、紫外線の悪影響を解決しているのであって、両者は紫外線の悪影響を解決するための手段が全く異っている。したがって、本願発明が従来技術から容易に発明をすることができたということはできない。

また、仮に、有機ホトクロミック染料が紫外線によって悪影響を受けることが周知であったとしても、耐磨耗被覆の材料には前記のように有機系と無機系の2種類があり、有機系は「調光寿命の延長」に顕著な効果がない。

紫外線は、一般の染料には有害であるばかりでなく不要なものであるが、ホトクロミック染料には必要なものでありながら、同時に有害でもある。本願発明は、所定の膜厚の、所定の無機酸化物透明薄膜が調光寿命の延長に顕著な効果があるとの知見に基づいて、前記の矛盾した関係を解決したものであるから、「有機ホトクロミック染料と大気との接触を断てばこれらの影響がなく当初の特性が保たれる、すなわち、調光寿命の延長された調光プラスチックレンズが得られることは容易に想起し得ることである。」とした審決の判断は、明らかに誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  相違点<1>の判断について

原告は、「引用例1の耐磨耗被覆の材料、膜厚、膜の形成法として、引用例2で記載の材料、膜の形成方法を採用し、かつ膜厚を0.5μ~5μと限定することに格段の困難性が存在するとはいえない。」とした審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、プラスチックレンズの耐摩耗被覆として二酸化ケイ素等の無機系蒸着物を使用することは、引用例2のみならず、昭和53年実用新案登録願第25534号(昭和54年実用新案公開第130437号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写し(乙第1号証)に示されているように、本出願前に普通に知られていた技術である。なお、審決に周知例として挙げられている昭和49年特許出願公告第25210号公報には、ホトクロミックメガネ(サングラス)の耐摩耗被覆として酸化ケイ素等の無機系蒸着物を使用することが記載されているが、前記乙第1号証に示されているように、二酸化ケイ素はプラスチックレンズの無機系耐摩耗被覆として代表的なものである。

引用例1には、その耐摩耗被覆が透明薄膜であるとの直接の記載はないが、引用例1では、ホトクロミック物質を含むプラスチックレンズの表面を耐摩耗被覆で被覆しているのであるから、その耐摩耗被覆は、当然に透明な薄膜である。したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは「有機ホトクロミック染料で染色された調光プラスチックレンズの表面に、透明薄膜を設けたことを特徴とする調光プラスチックレンズ」である点で一致するとした審決の認定に誤りはなく、引用例1と本願発明とでは透明薄膜の目的が異なると原告が主張する点は、審決においては相違点<2>として検討されているのである。

この点について、原告は、本出願当時は耐磨耗被覆の材料は有機系が主流であったから、主流でない引用例2記載の無機系の「二酸化ケイ素」を採用することに格段の困難性が存在するとはいえないとした審決の判断は恣意的な結果論であると主張する。

しかしながら、前記のように、本出願前にプラスチックレンズの耐摩耗被覆として二酸化ケイ素のような無機系のものも検討されていたのであるから、現実の製品において無機系の耐摩耗被覆が主流であるか否かということは、審決の前記判断を左右するものではない。

次に、原告は、引用例2に記載されている耐摩耗被覆の膜厚は0.2μ~2μであると主張する。

しかしながら、引用例2には、実施例の膜厚として0.2μ、0.8μ、1μ及び2μが記載されているのであって、引用例2の耐摩耗被覆の膜厚範囲が0.2μ~2μに限定されるわけではない。耐摩耗被覆の膜厚をどの程度のものとするかは、その実施に当たって適宜に決定しうる事項である。

上記のことを念頭におき、さらに、引用例1記載の耐摩耗被覆として無機系のものを使用しえない特別の事情はないことからすれば、相違点<1>について、「プラスチックレンズの耐摩耗被覆の材料として二酸化ケイ素を用い、これを蒸着することにより被覆を形成することは、引用例2に記載されているように本出願前公知である。また、耐摩耗被覆の膜厚をどの程度のものにするかはその実施に当たり適宜決定し得る程度のものであって、0.5μ~5μの範囲内の値とすることも引用例2の実施例に0.8μ、1μ、2μがあげられているように従来より行われていることである。」とした上で、「本願発明においては、膜厚が0.5μ~5μと限定されているが、該数値範囲の上限及び下限値に格別臨界的な意義があるとも認められないことを考えれば、引用例1の耐摩耗被覆の材料、膜厚、膜の形成法として、引用例2で記載の材料、膜の形成方法を採用し、かつ膜厚を0.5μ~5μと限定することに格段の困難性が存在するとはいえない。」とした審決の判断は、正当である。

2  相違点<2>の判断について

原告は、調光プラスチックレンズの調光寿命が短くなるのは有機ホトクロミック染料に対する紫外線の暴露が原因であるとして、本願発明が要旨とする「調光寿命の延長」とは紫外線の暴露による有機ホトクロミック染料の調光性能の劣化(具体的には調光幅の低下)を防止して調光寿命を延ばすことをいうが、審決が周知例として挙げるものには紫外線の暴露による有機ホトクロミック染料の調光性能の劣化を防止して調光寿命を延ばすことは全く開示されていないと主張する。

しかしながら、調光プラスチックレンズの調光寿命が短くなるのは有機ホトクロミック染料に対する紫外線の暴露が原因であるという原告の主張は、本願明細書の記載に基づかない主張である。また、審決の「有機ホトクロミック染料にかかわらず、染料が外気等により悪影響を受けることは本出願前周知の事項であ」るという記載のうち、「外気等」という部分は、染料が悪影響を受ける原因は外気に限らず、種々の原因があることを意味している。上記の記載を受けて、審決は、「有機ホトクロミック染料と大気との接触を断てばこれらの影響がなく当初の特性が保たれる、すなわち、調光寿命の延長された調光プラスチックレンズが得られることは容易に想起し得ることである。」と判断しているが、この判断は、有機ホトクロミック染料が悪影響を受ける原因の一例として、「大気」を挙げているにすぎないと解すべきである。

また、仮に調光プラスチックレンズの調光寿命が短くなるのが有機ホトクロミック染料に対する紫外線の暴露が原因であるとしても、昭和45年特許出願公告第28887号公報(乙第2号証)に記載されているように、有機ホトクロミック染料が連続的な、あるいは、繰返しの紫外線暴露により光破壊を受け、ホトクロミズムを失うこと、すなわち、調光性能に悪影響があることは、古くより知られたことである。したがって、「有機ホトクロミック染料にかかわらず、染料が外気等により悪影響を受けることは本出願前周知の事項であ」るとした審決の判断に誤りはない。

そして、前記のように、引用例1記載の耐摩耗被覆に、代表的な無機系耐摩耗性被覆である引用例2記載の二酸化ケイ素を適用したものは、本願発明と同じ構成となるから、調光寿命が当然に延長されるものである。したがって、相違点<2>に関する審決の判断にも、誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第10号証(本願明細書)及び同第11号証(平成3年12月20日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が、下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、調光プラスチックレンズに関する(本願明細書1頁12行)。

太陽光を浴びて可逆的に変着色する有機ホトクロミック染料で染色した調光プラスチックレンズをサングラスレンズとして使用することが提案されて久しいが、現在のところ調光寿命が短く、満足できる調光サングラスは未だ市販されていない(同1頁13行ないし18行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、有機ホトクロミック染料で染色した調光プラスチックレンズの調光寿命を延長することである(同1頁19行ないし2頁2行)。

(2)構成

本願発明は、ホトクロミック染料で染色されたプラスチックレンズの外側を特殊な膜で被覆すると調光寿命が著しく延長されるという知見に基づいて(同2頁3行ないし6行)、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(平成3年12月20日付け手続補正書3頁2行ないし8行)。

得られた調光プラスチックレンズの表面に、一酸化ケイ素、二酸化ケイ素、アルミナ、酸化ジルコニウム等の薄膜を真空蒸着する。この薄膜の厚さは、0.5~5μが適当である(本願明細書14頁18行ないし15頁2行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、調光プラスチックレンズの調光寿命が延長され、表面がガラスのように硬くなり、耐擦傷性、耐摩耗性等が良好になる(同16頁12行ないし14行)。

2  相違点<1>の判断について

原告は、引用例1及び引用例2記載の発明がいずれも耐摩耗被覆に関するものであるのに対し、本願発明は調光寿命を延長する薄膜に関するものであるから、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とを組み合わせて本願発明の構成を得ることは当業者といえども容易ではないというべきであると主張する。

(1)成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1は発明の名称を「ホトクロミツクプラスチツクレンズ」とする発明の特許出願公開公報であって、その特許請求の範囲の欄には、

<1> 「1.約470nm以下の波長帯に最大吸収を有し、かつ一般式(中略)を有するジアリールチオカルバゾンのホトクロミツク性非対称水銀ビス錯体からなる群から選択された吸光変色物質を含む、光学的に透明なプラスチツクホトクロミツクレンズ。」(1頁左下欄5行ないし右下欄5行)

<2> 「2.上記第1項記載のレンズで、透明プラスチツクが、アセチルセルロース、アセチルブチルセルロース、ポリメチルメタクリレート、ポリメタクリレート、ポリスチレン、アリルジグリコールカーボネート、他のポリカーボネート、これらの共重合体、及びこれらの融和性混合物からなる群から選択されたプラスチックであるレンズ。」(1頁右下欄6行ないし13行)

と記載され、発明の詳細な説明の欄には、

<3> 「本発明は、サングラスレンズのような光学的に透明なプラスチツクレンズにホトクロミツク挙動、即ち吸光変色性を与えるのに有用な一群の化合物に関連する。」(5頁左下欄10行ないし13行)

<4> 「最近、数種の眼鏡級プラスチツク材料がレンズ材料としてガラスの代わりに使用されるようになってきた。(中略)プラスチツクに有機化合物を配合することは比較的容易であり、又多くの有機ホトクロミツク化合物が公知であるから、光学的に透明なプラスチツクに配合してホトクロミツクサングラスを形成できる有機吸光変色物質の発見又は選択に多くの研究が行われている。しかし、多数のホトクロミツク化合物が公知であるにも拘らず現在まで適当な吸光変色物質が得られていない。最も困難な問題は大多数の公知の吸光変色物質の光不安定性である。従って多数の物質について入射光線による活性化で起こる暗色化又は変色、及び光線除去時の元の色への復帰のホトクロミツク過程の観察が行われたがこれらの大部分の化合物の光線に対する感度及び反応性は各サイクル毎に低下する。このためホトクロミツク疲労(光線疲労)が起こりこの物質の有効寿命は比較的短期間である。」(5頁右下欄7行ないし6頁左上欄13行)

<5> 「本発明の現在好適とされる塩は水銀ビス(中略)である。この物質は、サングラス又はスキーゴーグルに適したホトクロミツクレンズ製造に好適な色、透光性、色彩変化速度及び安定性を有する。」(8頁左下欄13行ないし19行)

<6> 「本発明の他の一目的は、プラスチツクレンズに配合でき、又この配合後、従来のプラスチツク製ホトクロミツクレンズよりも長期間そのホトクロミツク性を保持するホトクロミツク着色剤(吸光変色物質)を提供することにある。」(9頁左上欄9行ないし13行)

<7> 「次にレンズを従来法により耐摩耗被覆で被覆する。」(13頁右上欄11行、12行)

と記載されていることが認められ、また、図面(13頁右下欄)には、最外側に耐摩耗被覆を有するホトクロミツクプラスチツクレンズが図示されていることが認められる(別紙図面B参照)。

以上の事実によれば、引用例1には、

a 従来、有機ホトクロミック化合物は光不安定性の問題点を有しており、このためホトクロミック疲労(光線疲労)が起こって、この物質の有効寿命は比較的短期間であること

b 引用例1記載の発明は、有機ホトクロミック化合物を使用するホトクロミックプラスチックレンズの光安定性の改良を技術的課題(目的)の1つとしていること

c 特許請求の範囲に記載されている一般式で表される特定の構造を有するジアリールチオカルバゾンのホトクロミック性非対称水銀ビス錯体からなる吸光変色物質を含むプラスチツクレンズは、従来公知のホトクロミック化合物を含むものに比べ光安定性があり、このプラスチックレンズは成形後に従来法により耐摩耗被覆で被覆すること

が開示されていることが明らかである。

(2)次に、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例2は発明の名称を「アリルエステル共重合体及び該共重合体で成形された光学部品」とする発明の特許出願公開公報であって、その特許請求の範囲の欄には、

<1> 「アリルエステル、酢酸ビニル及び無水マレイン酸が共重合し、下記繰り返し単位をもつ熱硬化性アリルエステル共重合体で成形され、表面に二酸化ケイ素膜が真空蒸着により形成されていることを特徴とする光学部品」(1頁右下欄下から2行ないし2頁左上欄7行)

と記載され、発明の詳細な説明の欄には、

<2> 「この発明は、新規なアリルエステル共重合体から成形されたコンタクトレンズ、眼鏡レンズ等の光学部品に関する。」(2頁左上欄下から4行ないし2行)

<3> 「有機レンズ型は、通常プラスチツクレンズであり、(中略)眼鏡を長時間装着しても疲労が少ない。しかし、無機ガラスに比べて耐摩耗性に劣り、傷つきやすい。そこで、MMA、ポリカーボネート等に二酸化ケイ素等を真空蒸着して表面の硬化処理をする技術が開発されてきた(中略)。この発明は、上記にかんがみて、コンタクトレンズ、眼鏡レンズ等の光学部品に適した新規なアリルエステル共重合体を提供することを目的とする。(中略)この発明のさらに他の目的は、耐摩耗性及びすべりが良好で、傷つきにくく、また、光学安定性も良好なプラスチック製の光学部品を提供することにある。」(2頁右下欄1行ないし3頁左上欄3行)

<4> 「アリルエステル共重合体で成形され、表面に二酸化ケイ素が形成された光学部品は、表面硬度が硬く、耐摩耗性及びすべりが向上し、傷つきにくく、さらに光学安定性に優れている。」(6頁左下欄15行ないし18行)

と記載されていることが認められ、かつ、3頁右上欄1行以下の第1ないし第3実施例において、二酸化ケイ素の膜を0.2μ、0.8μ、1μ及び2μ厚に形成していることが認められる。

以上の事実によれば、引用例2には、

a プラスチックレンズの表面に二酸化ケイ素等を真空蒸着する表面硬化処理によって、耐摩耗性を付与し、傷つきにくくすることが従来より行われていたこと

b アリルエステル共重合体で成形され、表面に二酸化ケイ素膜が形成された光学部品は、表面硬度が硬く、耐摩耗性及びすべりが向上し、傷つきにくく、さらに光学安定性に優れていること

c 実施例において、二酸化ケイ素の透明薄膜を0.2μ、0.8μ、1μ及び2μの厚さに形成したこと

が開示されていることが明らかである。

(3)上記のとおり、引用例2には、プラスチックレンズの表面に二酸化ケイ素等を真空蒸着した光学部品が光学安定性に優れているとの記載があることは認められるが、前掲甲第5号証によれば、同引用例には、二酸化ケイ素膜を形成することにより光学安定性を向上させることについて、直接具体的に明示した記載はないことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない甲第6号証によれば、審決に周知例として挙げられている昭和49年特許出願公告第25210号公報には、同公報記載の発明の技術的課題(目的)として、

<1> 「ホトクロミック物質がそのまま表面に露出しているため物理的強度が弱く、傷がつきやすかったり、あるいは外気の影響などにより、変色や退色したり、する危険性が非常に大きかった。(中略)本願発明による保護膜とは後述する物質を蒸着法で該ホトクロミック物質層上に被覆したもので、上述の欠点を充分に補なうものである。」(2欄14行ないし27行)

と記載され、特許請求の範囲の欄には、

<2> 「任意の基体上に形成された、ホトクロミック感光層上若しくは画像記録されたホトクロミック感光層上に真空蒸着法による透明性無機物質の保護膜を形成せしめたことを特徴とするホトクロミック感光体。」(6欄19行ないし23行)

と記載され、また、発明の詳細な説明の欄には、

<3> 「本願発明における蒸着物質は、無機金属のフツ化物あるいは酸化物などが多く使用できる。たとえば、フツ化マグネシウム、フツ化カルシウム、クリオライト(中略)、酸化チタン、酸化カドミウム、酸化ケイ素などの単体あるいはそれらの混合物が使用できる。」(3欄12行ないし17行)

<4> 「このような方法で得られた感光体は、ホトクロミックメガネ(サングラス)を始めとし窓ガラス、シヨウウインドウガラス、その他種々の光制御ブイルターに応用できる。」(6欄3行ないし6行)

と記載されていることが認められる。

そして、ホトクロミックメガネ(サングラス)が主として屋外において使用するためのものであることは自明であり、かつ、ホトクロミック物質が光線の照射によって劣化することは、前記のとおり普通に知られていたのであるから、本件出願当時、ホトクロミック物質の上に無機金属物質の透明薄膜を設けることにより、耐摩耗性を付与するのみならず、光劣化をも防止する技術が知られていたと認めるのが相当である。

(4)以上の認定事実によれば、引用例1記載の発明は、有機ホトクロミック化合物を使用するホトクロミックプラスチックレンズの光安定性の改良を技術的課題(目的)の1つとしており、一方、引用例2に記載されている無機金属質透明薄膜は、耐摩耗のための被覆であるのみならず、光劣化防止という目的をも有する被覆であることが明らかであるから、引用例1記載の耐摩耗被覆に換えて、引用例2に記載されている二酸化ケイ素透明薄膜を適用することは、本出願当時、当業者にとって容易に想到し得た事項というべきである。

原告は、本出願当時、耐摩耗被覆の材料及びその形成方法には、有機系の材料を用いた侵漬塗布法と無機系の材料を用いた蒸着法とがあり、有機系が主流であったから、耐摩耗被覆の材料及びその形成法として引用例2記載の無機系の「二酸化ケイ素」を用いた蒸着法を採用することには特段の困難がある旨主張する。

しかしながら、本出願当時、プラスチックレンズの耐摩耗被覆材料として無機系の「二酸化ケイ素」を用いた蒸着法を採用することを記載した引用例2の特許出願公開公報が頒布されて公知となっており、また、ホトクロミック物質の上に無機金属物質の透明薄膜を設けることにより光劣化を防止できることも知られていた以上、当業者において、調光プラスチックレンズの光劣化を防止しその調光寿命を延長するという技術的課題(目的)を達成するため、引用例2に記載された無機系の「二酸化ケイ素」を採用しようと試みることに格別の困難があるということはできない。

また、本願発明が要旨とする無機酸化物透明薄膜の厚さの上限値及び下限値が臨界的な数値でないことは原告も認めるところであるから、前記のように引用例2においてその実施例の二酸化ケイ素の膜厚を0.2μ、0.8μ、1μ及び2μにしたことが開示されている以上、「膜厚を0.5~5μと限定することに格段の困難性が存在するとはいえない。」とした審決の判断は、もとより相当である。

したがって、相違点<1>に係る審決の認定判断に、原告主張のような誤りはない。

3  相違点<2>の判断について

原告は、有機ホトクロミック染料と大気との接触を断てば調光寿命の延長された調光プラスチックレンズが得られることは容易に想起し得ることであるとした審決の判断は誤りであると主張する。

前掲甲第10号証によれば、本願明細書には、本願発明が奏する作用効果が、「本発明によれば、調光寿命が延長され表面がガラスのように硬くなり、耐擦傷性、耐摩耗性などが良好になり」(16頁12行ないし14行)と記載されていることが認められ、また、実施例1及び実施例3において、二酸化ケイ素透明薄膜を蒸着した調光プラスチックレンズと蒸着しなかった調光プラスチックレンズのそれぞれについて、屋外暴露前と屋外暴露後の調光幅の測定結果を示している第1表(18頁)及び第2表(20頁)をみると、二酸化ケイ素透明薄膜を蒸着した調光プラスチックレンズは、屋外暴露前においては、二酸化ケイ素透明薄膜を蒸着しなかった調光プラスチックレンズに比べて調光幅が小さいものの、1か月の屋外暴露後においても調光幅が全く低下しないこと、これに反し、二酸化ケイ素透明薄膜を蒸着しなかった調光プラスチックレンズは、屋外暴露前においては、二酸化ケイ素透明薄膜を蒸着した調光プラスチックレンズよりも調光幅が大きいものの、1か月の屋外暴露後においては調光幅が大きく低下してしまうことが認められる。

しかしながら、引用例2に記載されている無機金属物質透明薄膜が、耐摩耗のための被覆であるのみならず、光劣化防止という技術的課題(目的)をも解決するためのものであることは前記のとおりであるから、引用例1記載の耐摩耗被覆に換えて、引用例2に記載されている二酸化ケイ素透明薄膜を適用して得られる調光プラスチックレンズが調光寿命において優れたものになるであろうことは、当業者ならば容易に予測し得た事項と考えるのが相当である。

しかも、前掲甲第10号証によれば、本願明細書には、二酸化ケイ素透明薄膜以外の無機酸化物透明薄膜については、本願発明が奏する作用効果が優れていることを具体的に示す記載は存しないことが認められ、他にこれを明らかにする証拠も存在しない。

そうすると、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用して得られる調光プラスチックレンズの調光寿命の程度が、本願発明の調光プラスチックレンズの調光寿命の程度と格別に差異があると考える根拠はない。

この点について、原告は、有機ホトクロミック染料が紫外線によって悪影響を受けることは、被告が援用する証拠からは不明であると主張する。

しかしながら、引用例1に、従来技術の問題点として有機ホトクロミック化合物が光劣化を起こすことが記載されていることは、前記2(1)のとおりである。のみならず、成立に争いのない乙第2号証によれば、昭和45年特許出願公告第28887号公報には、「ジチゾン水銀塩のフオトクロミズムは一時的なものであり、連続的に露光したり、繰返し露光することにより漸時容易に光破壊を受け、遂には完全にフオトクロミズムを失うに至る。この傾向は特に紫外線に富む光線(例えば日光、水銀灯)にジチゾン水銀塩を曝らす際に著しいものがあり、従ってかかる耐光性の乏しいことは前述の様な有用な用途における使用範囲を甚しく制限する。本発明者らはかかるジチゾン水銀塩の耐光性が特に対紫外線の場合に著しく弱い事実に注目し」(2欄4行ないし14行)と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない乙第3号証によれば、昭和48年特許出願公告第17892号公報には、「本発明はスピローピラン型のホトクロミツク物質層(中略)の保護方法に関する。本明細書において、“ホトクロミツク物質”という用語は、光の照射により無色の状態から有色の状態に変化しまた光の照射を中止すると再び無色の状態にもどることのできる物質を意味する。スピローピラン型ホトクロミツク物質は、光線の照射によつて劣化してそのホトクロミツク性を失うので、従来その応用および使用は種々の制限をうけていた。本発明の方法によれば、スピローピラン型ホトクロミツク物質の老化速度が低減される。」(1欄23行ないし35行)と記載されていることが認められる。

これらの文献の記載によれば、本出願当時、ホトクロミック物質が光線の照射、すなわち紫外線によって劣化することは普通に知られていたと認めうことができるから、原告の前記主張は失当である。前掲乙第2号証に記載されている紫外線の悪影響を解決するための手段が、本願発明が要旨とする構成と異なっていることは、上記の判断を左右するものではない。

また、原告は、前掲甲第6号証の「ホトクロミツク物質がそのまま表面に露出しているため(中略)外気の影響などにより、変色や退色したり、する危険性が非常に大きかった。」(2欄14行ないし17行)という記載の「外気」とは、空気のほかに酸素、窒素、水素等の気体及びそれらの混合物を意味するとしか理解できず、これに紫外線が含まれると解釈することはできないと主張する。

しかしながら、ホトクロミックメガネ(サングラス)は、前記のように主として屋外において使用するためのものであるが、屋外において使用する以上、ホトクロミック染料が光線によって悪影響を受けることは技術上自明のことであるから、ホトクロミック染料が悪影響を受ける原因には、外気のみならず、光線を含む種々のものがあると解するのが相当であって、原告の上記主張は当たらないというべきである。

したがって、相違点<2>に係る審決の認定判断にも、原告主張のような誤りはない。

4  以上のとおりであるから、本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決の認定判断は正当である。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

A……調光プラスチツクレンズ

B……二酸化ケイ素薄膜

C……反射防止膜

<省略>

別紙図面B

<省略>

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